水の器: 『D-topia』クリア感想(みんなを助けるルートのみ)ネタバレあり 『D-topia』クリア感想(みんなを助けるルートのみ)ネタバレあり - 水の器

2026年7月23日木曜日

『D-topia』クリア感想(みんなを助けるルートのみ)ネタバレあり

コンパクトなデジタルSF絵本を読んだかのような体験、ビジュアルとテキストとストーリーが素晴らしく調和している作品でした。好きです。

キャラクターもみんな個性的で魅力的で、全員の個別エンドを見たくなってしまいます。(コマンド選択制ではなくキャラ本人に返事をしないとならず、少し面倒なのでまだ1人しか見られていません…)

以下長文感想 

前半は具体的なストーリーバレはないですが、扱っているテーマと、「こんな展開にはならない」という部分に触れているので、何も知らずにドキドキしながらプレイしたい人はブラウザバック推奨です。
操作性の話を挟んで、最後は結末含めた話をしているのでご注意! 


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”最大多数の最大幸福”を追求した時に、そこからこぼれ落ちてしまう人々にスポットをあてた物語です。一言で言えば、「この社会になじめない人を切り捨てるかどうか」。このような優しいビジュアルのゲームに惹かれる多くのプレイヤー、かつ日本人なら、おそらくだいたいは助けにまわってしまうのではないかと思います。
(選択肢で分岐のあるいろんなゲームで、日本の統計はヒトゴロシ率が低いようなので)

各キャラクターが抱える問題は、SFジャンルで目新しいものではないです。ひねりやどんでん返しといったものもなく、ただ選んだ結果へと進む。だから退屈というわけではなく、王道の安心感がありました。

社会システムに馴染めていない彼らを助ける=つまり主人公はちょっとしたルール違反を繰り返すことになりますが、その部分に関するペナルティはありません。

管理社会のAIに背くリスクを負ってまで人助けをする主人公の運命は──みたいなストーリーを期待していると、やや拍子抜けかと思います。

たとえば、ルール違反をしたら主人公にもリスクやペナルティがあるとか、助けないことによって主人公に多大なメリットがあるとか、目の前の人を助けることで大衆に不利益が出てしまうとか、そのマイノリティが助けたくないような嫌なヤツだとか。
もう少し「決められたルールに則るか、ルールを破ってでも手を差し伸べるか」を悩める構造のほうが好みでしたが、そこまでの葛藤はこの作品には不要と判断されたのでしょう。最初に書いた通り、ある種”救済前提”のような、優しい絵本のような物語でした。
(もちろん各章で「助けない判断」をしたら、優しい絵本どころではないと思いますが…)


・主人公について
プレイヤーの分身(からっぽの器)ではなく、明確にシローとしての意思があります。プレイヤーはシローの思考や選択に介入できますが、メインストーリーではこれを「脳内会議」というゲーム内システムにしているのが面白いと思いました。

意思のない自分のアバターではなく、固有キャラクターの言動をただ外から眺めるのでもない。主人公の思考の中にそっと潜み、一緒に考えつつ見守るというプレイヤーの形は、このゲームにピッタリでした。

シローはとぼけたところのある優しい青年で、出会った人たちについての思いを日記のようなメモに書きとめています。それを読んでいるとやはり「みんなを助けたい」という意識が滲む内容なんですよね。

分岐によってメモ内容が変わるのであれば、シローの性格も考えもいろんなパターンが見れたと思いますが、実際は各キャラの好感度によるアンロック形式なので、相手を見捨てれば途中までしかメモを読めなくなってしまいます。これも、「助けることが”正解”だよ」と示唆するゲームデザインのように思えました。

・操作性について
良くはないです。インディーの操作性に慣れていない人や、とにかく早くストーリーを進めたい人は、ちょっとイライラするかもしれません。具体的には「移動時よくオブジェクトにひっかかる」「ブロックサイドへの移動が決まった位置からしかできない」「会話アイコンが近づく直前まで出ないので誰と話せるのかわからない」「モブに話しかけるとこちらをぐるりと向くモーションを待たないといけない」などなど。

フォローすると、私としてはマイナスと感じるほどではありませんでした。ストーリーを進めるより、D-トピアの世界にゆっくり浸る楽しみ方をしていたからです。誰に話しかけられるのかわからないけど、とりあえず総当りするか。みたいにのんびりやっていたので。毎日いろんな人に話しかけることで、世界観の厚みも増していきます。

毎朝のルーチン、これも合わない人には合わないかな…?起きて、顔を洗って、ご飯を食べて、服を着替えて…を毎日手動でやります。同じ通勤ルート。家に帰ったら、シャワーを浴びて、ご飯を食べて、服を着替えて。でも、そのルーチンの中にもささやかな変化があり、D-トピアで暮らしているという没入感があるので私は好きでした。本当にこのゲームのグラが好きなので、操作性が苦にならなかったのもあるかも。




!!!以下エンディングのネタバレあります!!!





・物語の結末と、ユートピアについて

D-トピアって、おそらくはディストピアを連想させる名付けじゃないですか。けれど実際のところは、かなりちゃんとユートピアに近い場所になっていると私は思いました。前提として、シローがみんなを助ける選択をした場合ね。(話は逸れますがU-トピアはどんな場所なんだろう)

「AIによる最大多数・最大幸福の追求」+「人間によるマイノリティの救済」は、私の考える理想形に近いです。現実はそんなに簡単じゃないけど(そもそもで人間社会の全てを任せられる人工知能AIが実現できないだろう)、そしてこの形式にも問題がないわけではないけど。

”最大多数の最大幸福を”ってスローガン、不気味なもののように捉える人も多いかもしれないですが、私はそれこそが「社会が目指すべきもの」、もっというと「社会というものの本質」だと思っています。
個人の対義語が社会です。個が集まり、よりよく暮らせる共通の仕組みを作ろうとしたら、まず基盤は最大多数の最大幸福に設定するでしょう。もちろん理想は、1億人いたら1億人それぞれの事情を考慮した社会ですけど、それは運用を考えたら現実的ではない。

そして「運用を考えたら現実的ではないので」で終わらせず、少しずつ最大多数が100%に近づくように調整していく。それが理想的な社会で、D-topiaのマスターが出した結論と同様に、新しい人間が増え続ける限りはどうすべきか考え続けていかないといけない。いつまでも未完成なのが社会だと思います。
社会が巻き取れる個を増やしていくことで、どんどん複雑化していく制度をどうするかという問題も出てきちゃうけど、そのあたりはうまいことAIが整理していってくれないかなあ。笑


このあと、「制度に人間を置くことによって結局そこから腐敗が~」とか、「不正は悪だという世論(共通認識)を保っておくことが大切で~」とか、「マジョリティとマイノリティ、どちらも一括りにすべきではなく~」とか、「社会で生きる以上、個への理解を求めるためには対話が不可欠で~」とか、「最大多数の最大幸福に乗れてる人に怒ることも、最大多数ではない人を切り捨てることも違うと思っていて~」とか、「1億人全員が何の我慢も不自由もなく別々の方向を向いて生きたいのであれば、社会は崩壊して個に戻り~」とか書いてたんですけど、マジで収集がつかなくなったのでやめます。ほんわかゲームの感想で広げる論じゃない!!


キャラの感想も書きたかったのに疲れちゃったよ~。またいつか、機会があったら。
BBちゃんがめっちゃかわいかったです。真剣な顔でふんばるおすしも、LOVE…。
などという表面的な感想だけで、おしまい。